腹腔鏡手術のデメリット
2026年8月現在
腹腔鏡手術(内視鏡手術)には、傷が小さい、術後の痛みが少ないといった良いところがあります。ただ、弱いところもあります。手術を選んでいただく前に、知っておいていただきたいことをまとめました。
当院ではこれらの問題に対して、設備と体制の両面から対応しています。それぞれについて、報告されている数字とあわせてご説明します。
手術時間が長くなる傾向がある
2006年から20年、1,000件以上。チームで手術を行います
途中で開腹手術に切り替えることがある
可能性を手術前に必ずご説明します
お腹を炭酸ガスでふくらませる負担がある
小さな子では低い圧で手術を行うこともあります
腹腔鏡なら必ず痛みが少ない、とは言えない
差が出た報告と同じ方法で行っています
費用が高くなってしまう
何にいくらかかるかを診察でご説明します
1手術時間が長くなる傾向がある
一般的に、開腹手術に比べて手術時間は長くなる傾向にあると言われています。犬で比べた報告では腹腔鏡が55.7分、開腹が31.7分(Hancockら, 2005)、猫で比べた報告では腹腔鏡が34.2分、開腹が21.0分(Caseら, 2014)とされています。麻酔の時間が延びること自体は、動物の負担が増える方向に働きます。
ただし、この差は術者とチームがどれだけ慣れているかによって変わります。犬618頭の手術を解析した報告では、これから腹腔鏡を始める術者はおよそ80例で手術中の合併症が低い水準に落ち着くとされています(Pope・Knowles, 2014)。すでに腹腔鏡に慣れた術者が新しい方法を覚える場合には、約8例という報告もあります(Rungeら, 2014)。
さきほどの猫の報告では、執刀した獣医師の腹腔鏡下避妊手術の経験は3例で、しかも助手をつけずに一人で手術を行っていました。著者自身も、手術中にお腹のふくらみが失われたことと一人で執刀したことが時間差の主な理由であると述べ、助手がつく施設であればより短い時間で行えるだろうとしています(Caseら, 2014)。
当院の対応
当院は2006年に腹腔鏡機器を導入して以来20年、内視鏡手術に取り組み、内視鏡手術全体でこれまでに1,000件以上を行ってきました。先ほどの80例という目安は大きく超えています。手術は院長と、内視鏡手術に慣れたスタッフによるチームで行います。
同じ手術でも、術者とチームがどれだけ経験を重ねているかによって結果が変わりうる、ということでもあります。
2途中で開腹手術に切り替えることがある
腹腔鏡で始めた手術を、途中で開腹手術に切り替えることがあります。これは腹腔鏡手術につきものの、避けられない可能性です。
犬の腹腔鏡下胆嚢摘出術の報告では、開腹手術への移行が必要になったのは4.1%(Kanaiら, 2018)、別の報告では8.8%とされています(Kondoら, 2023)。犬106頭の腹腔鏡下肝生検の報告では、器具を入れる際に脾臓を傷つけたため2頭が開腹に切り替わりました(McDevittら, 2016)。
切り替えの理由は、重度の癒着があった、思っていたより炎症が広がっていた、出血をしっかり止める必要があった、など様々です。
当院の対応
当院では、切り替えの可能性を手術前に必ずご説明します。腹腔鏡はあくまで手段であり、その子にとって最も安全に手術を終えられる方法を、術中の状況に応じて選びます。
切り替えは「失敗」ではなく、安全を優先した判断です。そのことも含めて、あらかじめご理解いただいたうえで手術に臨みたいと考えています。
3お腹を炭酸ガスでふくらませる負担がある
腹腔鏡手術では、気腹と呼ばれる、お腹の中に炭酸ガスを入れてふくらませる操作を行います。お腹の中に空間をつくらないと、カメラで見ることも器具を動かすこともできないためです。
このため、動物の循環器(血液の流れ)や呼吸器(空気の流れ)の働きが変化します。猫で調べた報告では、ふくらませている時間が長いほど影響は大きくなりました。ただしその影響はいずれも一時的なもので、麻酔が終わるまでに回復しています(Shihら, 2014)。
当院の対応
猫や体の小さな子(小型犬を含む)では、状態に応じて低い圧でお腹をふくらませて手術を行うこともあります。必要以上に圧を上げないこと、手術時間を短く保つことが、この負担を減らすことにつながります。
4腹腔鏡であれば必ず痛みが少ない、とは言えない
「腹腔鏡だから痛くない」と一括りにはできません。同じ「腹腔鏡」でも、やり方によって結果が変わります。
傷を1か所にまとめる方法(単孔式)で行った報告では、開腹手術と痛みに差が出ませんでした(Coismanら, 2014)。一方、痛みに差が出たのは、傷を2〜3か所に分ける方法で行った報告です。
当院の対応
当院は、差が出た報告と同じ、傷を2〜3か所に分ける方法で手術を行っています。避妊手術であれば、3〜5mmの傷が3か所というのが基本の形です。
5麻酔の管理が複雑になる
気腹によって循環器・呼吸器の働きが変化するため、通常の開腹手術より麻酔および呼吸の管理は複雑になります。これを支えるのは、麻酔を担当するスタッフの熟練と、麻酔器・人工呼吸器の性能です。
当院の対応
当院の手術は麻酔科医の管理下で行っており、スタッフの育成にも力を注いでいます。麻酔器も人用の高性能な機器を使用しています。人の新生児にも対応できる、高精度の管理が可能な麻酔器です。
6費用が高くなってしまう
当院で用いている内視鏡機器は、人の内視鏡外科手術(腹腔鏡・胸腔鏡)に用いることのできる機器です。その他の機器や消耗品も人用のものを使用するため、公的な保険のない動物医療においてはどうしても費用がかかります。飼い主さんにご負担をおかけしていますが、入院期間の短縮などにより、一部では開腹手術と変わらなくなってきています。
費用が何で決まるのか、手術費用に何が含まれて何が別途になるのか、器材をどのように使い分けているのかは、別のページで詳しくご説明しています。
7開腹手術のほうが向いている場合もあります
ここまで腹腔鏡手術の弱いところを挙げてきましたが、裏を返せば、開腹手術には開腹手術の良さがあります。手術時間が短く、特別な器具を必要としません。状態によっては、開腹手術のほうが安全に終えられる場合もあります。
どちらがその子に向いているかは、病気の種類と進み具合、全身の状態、そしてご家族のお考えによって変わります。診察のうえで、その子に合った方法をご提案します。
執刀医
当院では前身となるクウ動物病院本院にて2006年に腹腔鏡機器を導入し、内視鏡による検査や治療、内視鏡手術に対応しています。年間に多くの手術に携わることでその技術の発展に力を注いでいます。2017年にはクウ動物病院動物内視鏡医療センターとして、より進んだ治療に当たることが出来るような環境整備を心がけています。
院長 吉田宗則
- 所属学会 日本獣医麻酔外科学会 / 日本獣医内視鏡外科学会 / 日本獣医がん学会など
- 役職 日本獣医内視鏡外科学会 技術認定委員長 / 日本動物病院協会 学術委員など
- 資格 日本獣医内視鏡外科学会 技術認定Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ
- 講演 内視鏡手術に関する様々な講演・教育講演
参考文献
- Hancock RB, Lanz OI, Waldron DR, et al. (2005) Vet Surg 34(3):273-282. 犬の腹腔鏡下卵巣摘出術と開腹卵巣子宮摘出術の術後疼痛の比較。論文はこちら
- Case JB, Boscan PL, Monnet EL, et al. (2014) J Am Anim Hosp Assoc 51(1):1-7. 猫における手術関連項目と術後疼痛の比較。論文はこちら
- Pope JFA, Knowles TG. (2014) Vet Surg 43(6):668-677. 犬618頭における腹腔鏡下卵巣摘出術の習熟曲線と周術期合併症率。論文はこちら
- Runge JJ, Boston RC, Ross SB, Brown DC. (2014) J Am Vet Med Assoc 245(7):828-835. 認定獣医外科医が行う単孔式腹腔鏡下卵巣摘出術の習熟曲線の評価。論文はこちら
- Kanai H, Hagiwara K, Nukaya A, Kondo M, Aso T. (2018) J Vet Med Sci 80(11):1747-1753. 犬76頭における腹腔鏡下胆嚢摘出術の短期転帰。論文はこちら
- Kondo M, Hagiwara K, Nukaya A, Aso T, Kanai H. (2023) J Small Anim Pract 64(5):288-295. 犬34頭における漿膜下層剥離法を用いた腹腔鏡下胆嚢摘出術。(購読誌のためリンクなし)
- McDevitt HL, Mayhew PD, Giuffrida MA, et al. (2016) J Am Vet Med Assoc 248(1):83-90. 犬106頭における腹腔鏡下肝生検の短期臨床転帰。論文はこちら
- Shih AC, Case JB, Coisman JG, et al. (2014) Vet Surg 44(Suppl 1):2-6. 猫の腹腔鏡下卵巣摘出術における気腹時間と心肺への影響。論文はこちら
- Coisman JG, Case JB, Shih A, et al. (2014) Vet Surg 43(1):38-44. 猫の単孔式腹腔鏡下卵巣摘出術と開腹卵巣摘出術の比較。論文はこちら
ご相談ください
「この子は腹腔鏡手術ができるのか」「開腹手術とどちらがよいか」といったご相談は、診察としてお受けしています。実際に診させて頂いたうえで、その子に合った方法をご提案します。
はじめてご来院の方は 初診の患者さんへのご案内 もあわせてご覧ください。初診問診票を事前にご記入いただくと、当日の受付がスムーズです。