腹腔鏡で避妊手術をする理由
2026年8月現在
避妊手術は、病気になったから受ける手術ではありません。元気な子に、飼い主さんの判断で受けていただく手術です。だからこそ「できるだけ負担の少ない方法で」と考えておられる方が多いのだと思います。
当院では、避妊手術を腹腔鏡で行っています。傷が小さいことはよく知られていますが、負担が少ない理由は、実は傷の大きさだけではありません。このページでは、その理由をご説明します。
1腹腔鏡での避妊手術とは
お腹に小さな穴をあけ、そこからカメラと細い器具を入れて卵巣(と子宮)を摘出する手術です。正式には腹腔鏡下卵巣摘出術、あるいは腹腔鏡下卵巣子宮摘出術と呼びます。
当院では3〜5mmの傷を3か所に、が基本の形です。お腹を大きく開ける必要はありません。
2痛みの原因は、皮膚の傷よりお腹の中にあります
手術の痛みというと、まず切った皮膚の傷を思い浮かべます。ところが避妊手術では、お腹の中で起きていることのほうが、痛みの原因として大きいことが分かっています。
卵巣は、お腹の中にただ浮かんでいるわけではありません。卵巣提索(らんそうていさく)という靭帯で、背中側にしっかり固定されています。卵巣を摘出するには、この靭帯を処理する必要があります。
犬で調べた研究があります
麻酔をかけた犬で、卵巣とこの靭帯を引っ張ったときの刺激の強さを調べた研究があります(Boscanら, 2011)。麻酔には、刺激が強いほど深くかける必要があるという性質があります。この性質を利用すると、刺激の強さを数字で比べることができます。
この研究では、卵巣と靭帯を引っ張ったときと、しっぽを強く挟んだとき(体の表面への強い刺激)を比べています。結果は、引っ張ったときのほうが、より深い麻酔を必要としました(必要濃度 2.16% 対 1.86%)。
つまりお腹の中で卵巣を引っ張る刺激は、体の表面への強い刺激よりも、さらに強い刺激だったということです。
※この研究はもともと、内臓の痛みを調べるための方法を確立することを目的に行われたものです。痛みの原因を新しく発見した、という種類の研究ではありません。
3「小さく切る」だけでは、足りませんでした
手術の痛みはお腹を切ることによるもの、と考えられていた時代には、切開を小さくすることが動物のためになると考えられていました。
ところが、傷が小さいと、お腹の中の卵巣が見えません。見えないまま摘出するには、卵巣を体の外側まで引き出してくる必要があります。そのためには、先ほどの靭帯を強く引っ張ることになります。
傷を小さくしようとしたことが、かえってお腹の中への負担を大きくしていた可能性があります。傷の大きさと、動物が受ける負担は、必ずしも同じ方向を向いていません。
4腹腔鏡は、お腹の中で切除を終えます
腹腔鏡手術では、カメラでお腹の中を直接見ながら手術をします。卵巣と靭帯の切除は、すべてお腹の中で行います。体の外に引き出す必要がないため、強く引っ張る操作がほとんど要りません。
これが、腹腔鏡手術で術後の痛みや不快感が軽くなると考えられている、大きな理由です。傷が小さいことも利点ですが、それだけではないというのは、こういうことです。
5実際に、どのくらい違うのか
開腹手術と腹腔鏡手術を比べた研究では、術後の痛みのスコアが腹腔鏡のほうが低い(Hancockら, 2005)、手術後の動きの落ち込みが小さい(Culpら, 2009)といった結果が報告されています。
それぞれの研究のグラフと数字は、開腹手術との違い(データ)のページにまとめています。
6器材をそろえておく必要があります
腹腔鏡手術は、開腹手術より器材に左右されます。開腹手術であれば糸のサイズを変えて対応できることも、腹腔鏡ではあらかじめ備えておかないと、手術中に選ぶことができません。
当院が内視鏡の器材をすべて2台以上そろえている理由、血管を閉じる装置を複数用意して動物ごとに使い分けている理由は、内視鏡手術の費用と設備のページにまとめています。費用が高くなる理由も、あわせてご説明しています。
7弱いところもあります
腹腔鏡手術には、手術時間が長くなる傾向がある、専用の器材と設備が要る、途中で開腹手術に切り替えることがあるといった弱いところもあります。手術を選んでいただく前に、こちらも知っておいていただきたいことです。
報告されている数字と、当院がどう対応しているかは腹腔鏡手術のデメリットのページに詳しくまとめています。
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ご来院から手術当日、再診までの流れ
痛み・術後の活動量・猫での報告のグラフ
8つのエビデンスや、犬と猫それぞれの詳しい解説はこちら
参考文献
- Boscan P, Monnet E, Mama K, Twedt DC, Congdon J, Eickhoff JC, Steffey EP. (2011) Vet Anaesth Analg 38(3):260-266. 犬における卵巣・卵巣提索の牽引を用いた内臓痛モデルの確立。論文はこちら
- Hancock RB, Lanz OI, Waldron DR, Duncan RB, Broadstone RV, Hendrix PK. (2005) Vet Surg 34(3):273-282. 犬の腹腔鏡下卵巣子宮摘出術と開腹手術の術後疼痛の比較。論文はこちら
- Culp WTN, Mayhew PD, Brown DC. (2009) Vet Surg 38(7):811-817. 小型犬における腹腔鏡下卵巣摘出術と開腹卵巣摘出術の術後活動量の比較。論文はこちら
当院でのご相談
「うちの子は腹腔鏡でできるのか」「いつ受けるのがよいか」といったご相談は、診察としてお受けしています。避妊手術の時期は月齢だけで決まるものではなく、体格や成長の状況によって考え方が変わります。実際に診させていただいたうえで、その子に合った方法とタイミングをご提案します。
はじめてご来院の方は 初診の患者さんへのご案内 もあわせてご覧ください。初診問診票を事前にご記入いただくと、当日の受付がスムーズです。